2026年1月中旬、首都圏の交通網を麻痺させた大規模な送電トラブル。連日の報道を通じて、その原因や経緯を目にされた方も多いことでしょう。
報道によれば、原因は工事用器具の取り外し忘れという「物理的な短絡(ショート)要因」が存在したにもかかわらず、原因究明を待たずに再送電を行ったことで、変電設備やケーブルに過大な負荷がかかり、被害が拡大したとされています。
我々、産業用モータのメンテナンスに携わる者として、このニュースは決して対岸の火事ではありません。むしろ、「全く同じメカニズムによる破壊」が、今この瞬間も日本のどこかの工場で起きようとしていることに、強い危機感を覚えます。
本稿では、今回のインフラ事故の教訓を、我々の専門分野である「長期間メンテナンスされていないDCモータ(特にYaskawa製カップモータ)」の運用リスクに置き換え、なぜ「原因不明のままの再起動」が設備にとって死刑宣告となるのか、その技術的背景を詳説します。

1.「早く動かしたい」という心理が生むカタストロフィ
生産現場において、設備が停止することは損失です。「納期が迫っている」「ラインを止めたくない」。その焦りが、現場担当者の判断を曇らせることがあります。
パソコンやソフトウェアの不具合であれば、再起動(リセット)で状況が改善することは多々あります。しかし、パワーエレクトロニクス(強電)の世界において、安易な「再起動」は、しばしば「破壊のスイッチ」となります。
先日のインフラ事故で指摘されているのは、まさにこの点です。
「電気が消えた(トリップした)」という事実は、電気回路が「これ以上電気を流すと危険だ」と悲鳴を上げている証拠です。それにもかかわらず、「たまたま誤作動したのだろう」「スイッチを入れ直せば動くかもしれない」という希望的観測でブレーカーを投入する。
その瞬間、回路に残された「物理的な異常箇所(短絡点)」に、逃げ場のない膨大なエネルギーが集中し、修理可能な故障を、修復不能な「全損」へと変えてしまうのです。
2.インフラ事故とカップモータ焼損の技術的類似性
では、具体的に何が起きているのでしょうか。今回のインフラ事故と、古いカップモータの焼損事故を比較すると、驚くほど構造が似ていることがわかります。
ケースA:インフラ事故の場合(完全短絡への注入)
報道によれば、現場には「短絡接地器具(アース)」が残されていました。これは電気的に見れば、抵抗値がほぼゼロの太い導線でプラスとマイナス(あるいは大地)を直結している状態です。
ここに送電を行えば、オームの法則(I=V/R)に従い、抵抗Rが限りなくゼロに近いため、電流Iは無限大に近い値となって流れます。結果、アース線そのものや、接続されている変電設備が発熱体となり、瞬時に溶断・発火に至ります。
ケースB:カップモータの場合(レアショートへの注入)
長年メンテナンスをしていないDCモータ、特にプリントモータやカップモータ(Yaskawa製ミナーシャモータ等)の内部では、摩耗したカーボンブラシの粉が堆積しています。
このカーボン粉は導電性を持っており、本来絶縁されているべき整流子の隙間や巻線の間に降り積もることで、「レアショート(層間短絡)」や「デッドショート(直絡)」を引き起こす準備を整えています。
この状態でモータが「過負荷」や「動作不良」で停止したとします。ここで現場が、「清掃や絶縁測定をせずに再電源投入」を行うとどうなるか。
インフラ事故と同様、短絡して抵抗値が極端に下がった回路に電流が流れ込みます。特にカップモータの電機子(ロータ)は熱容量が極めて小さいため、大電流が流れた瞬間に巻線が焼き切れ、整流子が爆発的に損傷します。
どちらも、「短絡箇所がある状態でエネルギーを投入し、設備にとどめを刺した」という点で、物理現象は完全に一致しています。

3.なぜ「Yaskawa製カップモータ」は特に危険なのか
三和電機が特に警鐘を鳴らし続けているのが、安川電機製のカップモータ(Minertia Motor)やプリントモータを使用されているお客様です。
これらのモータは、応答性を極限まで高めるために、非常に特殊な構造をしています。
●鉄心がない(コアレス): ロータが銅線と樹脂のみで構成されており、非常に軽量です。
●熱容量が小さい: 軽量である反面、熱を蓄える能力が低く、過電流に対する耐性が一般的な鉄心入りモータに比べて極端に低いです。
通常のモータであれば、多少の過電流が流れても、鉄心が熱を吸収してくれるため、ブレーカーが落ちるまでの数秒間を持ちこたえることがあります。しかし、カップモータにおいて異常時の再通電は、数ミリ秒〜数秒で巻線を焼き切るのに十分なエネルギーを与えてしまいます。
長期間メンテナンスを行わず、カーボン粉が内部に溜まったカップモータは、言わば「火薬庫の中で火花を散らしている」ようなものです。
一度トリップした時、それはモータが発した「最後の警告」です。
その警告を無視して再起動ボタンを押す行為は、火薬庫に火を投げ入れるのと同義であり、その結果は「例えば20万円のメンテナンス費で済むはずだった事案」を、「代替品のない貴重なモータの廃棄(生産ラインの長期停止)」へと悪化させることになります。
4.現場で徹底すべき「鉄の掟」
今回のインフラ事故は、日本中の技術者に対し、改めて「基本動作の重要性」を突きつけました。
「ベテランがいなくなったから」「マニュアルになかったから」という言い訳は、焼損した設備を元に戻してはくれません。
貴社の工場で、もし古い設備が突然停止した時、あるいはブレーカーが落ちた時、以下の手順を徹底できているでしょうか?
① 絶対に再投入しない(ロックアウト)
まず最初に行うべきは、「スイッチを入れること」ではなく、「誰もスイッチを入れられないようにすること」です。操作盤に「点検中・投入禁止」の札を掛け、物理的に遮断してください。
② 絶縁抵抗の測定(メガーチェック)
テスターや絶縁抵抗計を使用し、モータやケーブルが地絡(アース不良)していないか、あるいは相間で短絡していないかを確認してください。
特に長期間稼働しているDCモータの場合、内部にカーボン粉が堆積し、絶縁抵抗値が著しく低下しているケースが大半です。この数値が低い状態で電源を入れることは、自殺行為です。
③ 専門家による内部点検
数値に異常が見られた場合、あるいは数値が正常でも異臭や異音がした場合は、絶対に回そうとせず、モータを取り外して専門業者へ点検を依頼してください。
「分解して相応の処置により」復活するモータを、無理に回して焼き切ってしまうケースがあまりにも多すぎます。
5.結論:事故は「忘れた頃」ではなく「油断した瞬間」に起きる
先日のインフラ事故の原因について、メディアは「作業員のミス」「手順の欠落」と報じています。しかし、本質的な原因は、「見えない電気の怖さを忘れ、慣れと焦りで安全確認を省略したこと」にあります。
これは、製造現場における我々の日常業務にもそのまま当てはまります。
20年、30年と動き続けてきたYaskawa製モータ。「今まで大丈夫だったから」という経験則は、今日通用するとは限りません。内部では確実に経年劣化が進み、カーボン粉という名の「導火線」が敷設されています。
「動かなくなったら、まず測る。絶対に再起動しない」
この単純かつ絶対的なルールを破った代償が、いかに高くつくか。あのニュース映像は、我々に無言の警告を与えています。
三和電機では、製造中止となった旧型モータのメンテナンスや、カーボン粉除去、絶縁劣化復旧による延命処置を専門に行っております。
「おかしいな」と思ったら、スイッチを押すその手を止め、まずはお問い合わせください。その「一回の再起動」を我慢することが、貴社の貴重な生産設備を守る唯一の道なのです。










